戦争の諸原因 C.H.ダグラス著
この問題についての真実に辿り着くためには、恐らく、まず始めに「戦争」とはなにかを明確にしておくことが必要です。形式的な定義によると、戦争とは「敵に 対して、自らの意志を押し付ける為に取られる諸々の行動、もしくは、敵が自らの意志を押し付けて来るのを妨げる為の行為」ということになります。この戦争 の定義によって、「動機」は、なんであるかを一旦認識されたと思いますが、「方法」という重大な要件の考察ではありません。今日においては、戦争の動機の 除去よりも、戦争の方法を、修正する献身的な努力に、より多くのエネルギーが傾けられます。このことを認識すれば、我々が決して平和であったことは無く、 戦争の形状の違いだけであることを理解し、より良い見解にたつことができるでしょう。
国家によって行なわれる軍隊の戦争は、幾分単純な表 現ですが、国家を廃止すれば取り省けるだろうと考えるのは、もちろん誤った考えであると、私は思います。それは市議会(UrbanDistrict Council)を廃止すれば、住民税(rate-paying)を払わずに済むと言っているようなものです。問題の範囲を拡大することで処理することは できません。もし私が誤っていなければ、戦争の種はすべての村にあります。
国家の命運を左右する政治家たちの問題を考察するならば、戦争 の主たる原因を一瞥することができます。思うに、今日の政治家の多くが同意し、主要な課題としているのは、雇用の拡大、国民景気の向上、そして、ごく少数 の政治家が、実現の近道として付け足さなかったのは、海外市場を獲得することです。一度、こうした国際貿易の俗説が当然とされると、最終的には戦争に至る しかない道に、我々は足を踏み入れることになります。「獲得」という言葉が暗示するのは、よその国から持ちかえりたいという欲望と、これは不可能なことで すが、一般的な雇用を行なうことなく繁栄したい、と望むこととが、切り離されていないことです。これこそ、自らの意志を相手に押し付けるための努力であ り、経済戦争であり、経済戦争は常に軍隊による戦争に帰結してきましたし、恐らく常にそうなることでしょう。
所謂、戦争の心理的な諸原因 は、直接的、または間接的に刺激された人間性の反応に、辿ることができます。人間の本性というより、彼らを刺激する事が根拠となり、十分に苛立つことで、 すべての人々が戦いに駆られるように見えます。こうした刺激が経済戦争を引き起こすのではなく、経済戦争が苛立の諸原因となっています。増大した経済戦争 が、軍隊の戦争であり、方法の違いはあっても、原理的に異なっているものではありません。例えば、軍需産業は、雇用者の利益の拡大に応じて、雇用と高所得 を被雇用者に供給します。そして私には、被雇用者の過失性と雇用者の過失性の違いを見る事はできません。私は軍需産業に関して、直接的、間接的に関わらず 興味はありませんが、大きな取引にはかなり精通しています。我々がよく耳にする様に、軍需産業関連の賄賂や汚職が、他の業種よりも、特に酷いものであると 信じているわけではありません。
さてそれでは、同意の準備が整いました。まず始めに、失業をなくすことが政治家の資質の第一の条件である こと。次に、海外市場の獲得は、この目的を達成する近道であること。我々の経済的な苛立は、いつでも軍事的な戦争となり、その上、我々の成長の割合がそれ に拍車をかけています。なぜなら機械技術の利用による生産は膨張しており、そして未開発の市場は収縮しているからです。2つの食料雑貨店のある、どのよう な村でも、絶えず店を拡張させようと、それぞれが不適切に競い合うと、取引の総量は減少します。これが、戦争の経済的要因の実際的論証であり、事実、これ そのものが経済的な手法による戦争です。
村の食料雑貨商が、他の食料雑貨商すべての取引を獲得し、他の食料雑貨商とその従業員が苦しむ、 という事実がある限り、もしくは、ある国家が、他の国家の通商を獲得し、他の国家の住民が失業して苦しむ、といった事実がある限り、どこかの、もしくはす べての国々で、不正、戦争の恐怖、軍事的な戦争や武器の売買を廃止するよう、親切心に訴えたり、講義することが懸命であるとは思いません。窮乏と経済的不 安定が、人間性を過度に緊張状態に置くことは、不況、倒産件数と、自殺率を比較する事で、容易に証明されます。戦時には、自殺者の数は減少する。これは人 々が戦争を好むからではなく、戦争景気でマネーがある為です。好景気時に自殺者の数が減少するのも、同じ理由によるものです。したがって、戦争が不可避か 否かを知るには、最初にまず、完全雇用が実現しなくとも、全住民が快適でいられるだけの十分な富があるかどうか、そして次に、もしそうであるならば、なに が分配の妨げとなっているのか、を知らなければなりません。私は、最初の疑問に関して答えるのに、一抹の疑いも抱いてはいません。過去十年間の危機は、供 給過剰による危機であって、欠乏による危機ではない事が一般的に認められ、我々は皆、「豊かさの中の貧困」という言いまわしに馴染じみはじめます。しか し、その危機の間も、欠乏は甚だしく拡大している。なぜなら失業が甚だしく拡大している為です。そのように、我々の要求する富を産出するために、完全雇用 の必要はない、という経験的な証拠が我々にはありますーそれは、賃金の分配ができるという目的の為だけに必要なのでありー完全に異なる問題です。二つ目の 疑問に関しては、入手可能な商品が無いのではなく、個々人の手にマネーが乏しいために、入手できるはずの富を購入できないことにあり、それが人々を不幸に しています。現代の我々の合意の下では、マネーは主に、雇用に対する敬意として配分されますが、供給過剰が示すように、多くの場合、妥当ではなく、また好 ましいものでもありません。そして、戦争の諸原因と、豊かさの中の欠乏の諸原因とは、同一のものであると言っても過言ではなく、問題を通貨制度と賃労働制 に見いだす事ができ、明白に言うならば、欠乏の解消や戦争の解決は、通貨制度の純然な改正の中に見いだす事ができます。思うに、この改正は、国民配当の形 を取らねばならず、単純な形式であれ、複雑な形式であれ、実在の富が配分される折に、誰一人として、それらを購入するための必要なマネーが不足することは ありません。既に示された様に、実際マネーは銀行制度によって創り出されていて、それは農業や工業からではありません。ブリタニカ百科事典が銀行業につい て述べている箇所では、このことがこうした言葉で明確に記されています。「銀行は何も無い所から、支払い手段を創造することによって、マネーを貸す」
我 々の産業システムによる生産物を、全住民によって消費するという、国民配当の明確な要求は、困難に見えます。これは一般に理解されているように、社会主義 とは関係がありません。社会主義の主たる計画は、生産手段を国有化し、政府機関の管理下に置く事にあります。国民配当の要求には様々なメリットがあるの で、我々が考えているほど、困難に触れる事はないでしょう。
国民配当の供給は、配当の割当という形を以て、現在では国の負債の割当として 知られていますが、単純に住民の個々人に手渡されるものです。既に私有されているものを没収することなく、実際、国家信用(national credit)が、莫大に国の負債を上回ったことによって、個々人への所得として供給されるものです。
国民配当の実践的な効果は、まず始 めに、個々人に所得の保障として供給されます。ですが、手に入るならば労働によって補強される事が望ましいでしょう。仕事をしていても、必需品の購買力 は、自尊と健康を維持するために供給されます。我々の生産体制に対して、安定して需要を与えることは、景気を安定させるために役立ち、生活必需品生産者た ちを保証することになります。我々はこうした制度を、様々な年金体系や雇用保険として持ちつつありますが、これらの重大な欠点は、税体系の中に組み込ま れ、有益な効力が削がれている事にあります。そのうえ、現在の我々の通貨制度の下では避け難いことなのですが、当然あるべき、本質的な通貨制度の公共性が 認識されることで、不可避というわけではなくなります。しかし我々の銀行家たちには、未だ認められていません。
国民配当の供給が、攻撃的 な戦争への、イギリス側の主な動機を取り除くのに効果があったとしても、なぜ他国の動機に影響し、我々に対して戦争を仕掛けることを予防するのかと、理由 を尋ねられるでしょう。私が思うに、この答えは二つの部分からなります。まず、最初の部分は、私はそうであると信じていますが、現在の金融制度が存続する 限り、単に心情的に弱い国家だと思い込んでいるだけで、著しく裕福な国家であれば、平和を形成する要因となる。全く逆です。銀行が紙の壁であれば、強盗に 襲われないと言っている様なものです。国際的な銀行家は、軍縮の強力な賛同者です。しかし、この国の一般的な従業員の中で唯一、彼らの銀行員は、拳銃で武 装し、銀行の建物の兵力は、近代的な要塞に匹敵します。攻撃する動機を伴わない強さは、平和を形成する要因となります。現存する金融制度の根本的な改良 は、強く、そして結合した、経済不況のない国家の構築を可能にし、その強さは攻撃的な戦争への、強力な抑止力となります。そして二つ目の部分は、繁栄し、 満ち足りたイギリスの壮観は、失業に強制されて、通商で戦うのではなく、快く通商を行なうことで、真の発展の魅力的な実例を提供し、至る所の手本とされる ことでしょう。
なぜこうした改革がなされないのか?その疑問に答えるためには、こうした種々の問題に対して、全能なイングランド銀行につ いて、言及しなければなりません。私的な会社であるイングランド銀行の総裁、モンタギュー・ノーマン氏は、イングランド銀行と大蔵省との関係を、ツイード ルダムとツイードルディー*であると説明しています。
これは、銀行家たちが、戦争を促進させることを望んでいると、示唆したものではあり ません。そんなことは断じて無い。彼らはただ、一般社会の中のどこよりも、彼らだけを完全に満足させてくれる金融制度を改革することが、戦争よりもほんの 少し、嫌いなだけです。
*うり二つの2人[2物] ルイス・キャロル作 「鏡の国のアリス」に登場する、イギリスの子どもたちに とって、なじみの深いキャラクター。
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